フリーライター関目いちこ、アレコレ語る。

パニック障害もちのフリーライターです。仕事のこと、健康と病気のこと、日々のこまごまとしたことや趣味を綴っていきます。

パニック発作直前!スープ一口でガチガチの緊張がほぐれた話。

 

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鬱っぽいときは、心も体もカラカラの干ばつ状態です…

季節の変わり目で、ここ数日、鬱状態をひきずって中々浮上できずにいました。とはいっても、今年の春や去年の秋から冬にかけてよりははるかにマシで、短期間だったんです。嬉しい。この調子でたったかたー!とパニック障害が寛快してほしい!

 

で、今日書きたいのはまだ鬱状態の真っただ中にいて、不眠&食欲不振のときの話です。精神状態がよくないときは、たとえそれが自分の生まれた家、つまり実家であってもひどく緊張しています。周囲には自分の両親、夫、子供たち、実家の飼い猫と心やすらぐ存在ばかりに囲まれていても、柱の傷や床の凹みの全ての原因を思い出せる記憶でいっぱいの家でも、激しい緊張は襲ってきます

 

ですから状態が悪いときには、実家にも安定剤を飲んでいくんですね。しかしこの日はちょっとしたお祝いがあり、私は実家で父と夫と酒を酌み交わすのを楽しみにしておりました。お酒、好きなんですよ。うちの親父はのん兵衛で、母はさほど飲みません。私も酒豪というほどに強くはないですが、アルコールは何でも好きですし、パニック障害になる前はよく飲んでいました。そんなわけで、実家に集まると酒盛りが始まります。

 

まず熱燗をちょっと。胃があたたまって、じんわりとお酒が体をまわる瞬間が好きです。パニック障害がマシになって減薬を始めてから、禁酒をといてたまに晩酌をします。そのために、その夜は安定剤を飲んでいませんでした。

 

酷い緊張のときはお酒って助けになります。理性を抑え、緊張をときほぐしますよね。だけどその緊張がひどすぎるとき、お酒すら「いらねー」と思うんですよ。びくびくと周囲を取り囲む世界に怯え、家族の声も届かなくなります。

 

ああ、やばい。発作が起きるかも。手足が冷たくなってきた。ふわふわしてきた、解離が始まったかも。残念だけど、今晩はお酒は諦めて薬を飲もう―――――――――

 

そう体を小さくしていたとき、母が「先にこれを飲み」とコンソメスープをいれてきてくれたんです。いつもなら、母は「とりあえず呑め」とお酒をすすめますが、娘が自分から盃に手を伸ばさないのをみて、先に体を温めようと思ったようです。

 

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できたてスープはホッとしますね。

緊張したときは、冷たいお水が役立ちます。舌にあたる水の冷たい感触が、一瞬ハッとさせるからですね。だけど目の前に出てきたのは温かいスープ。一瞬躊躇しました。先に水を貰う?それで刺激を与えてからスープにする?でも頭はぐるぐるとまわり、よく考えられません。もう何もわからん!と思いながら、震えている手が邪魔なので器を持ってそのまま口をつけました。

 

すうっと一口分、スープが喉を通りました。

 

食道を通って、ぽんと胃に落ちた感じ。そこから、じんわりと温かさが広がり、口の中にはかすかに残るコンソメの味。

 

ふわっと全身が緊張が抜けたのがわかりました。それまでとその瞬間の、差が激しかった。天国と地獄なみに違いました。うわあ、美味しい…。そう感じ、次はがっつり器を抱えてごっくんと口に含みます。美味しい。温かい液体が体に流れ込み、文字通りに全身の細胞が息を吹き返した気分。すご~く、楽になりました。肩から力が抜け、手の震えが止まり、畳んでいた足をおろしました。

 

「めっちゃ美味い!」そういってがぶがぶ飲んでいたら、家族もホッとしてましたね。皆、あ、発作くるだろうなと思ってたからですね。スープで緊張が取れたあとは、ゆっくりとお酒を楽しみつつ、皆でご飯を食べました。凄く嬉しかったですが、そのときに以前父が言っていた話を思い出したんですね。

 

うちの父は、ガンを2回ほどやってます。大腸と咽頭…咽頭ではないのか、首の横のところ、体内にある袋状のものの中がガン化し、放射線で喉を焼いているので、一時は唾液が出なくなりかなり死に近づいたんです。ものが食べられず、体重が激減し、唾液がないために口内は口内炎の嵐。すごく苦しんでいました。

 

で、その入院時に、女性患者さんの話を聞いたか直接ご本人さんと話したか忘れましたが(うろ覚えですみません)、食べられなくなったけど、懸命に努力して何とか自力で食物を摂取しようと女性が頑張った話を聞いたんですね。

 

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自力では無理と言われたけど、点滴や胃に穴をあけて食物をとるのが嫌で、何とか食べ物を飲みこもうとした。なかなかできなかったけど、あるとき、お粥の1粒のご飯をゆっくりと飲み込めた、と。するとその一粒のご飯が食道を通って胃に行くまでがはっきりとわかり、通るそばから細胞が温かくなっていくようなのを感じた。胃に入ったときは、ぶわーっと温かさが広がって、涙が出た、そのような話でした。

 

ご飯ってすごいんだなあ、自分で食べ物をたべるって、凄いんだなあ、と思ったと。父はそれを聞いて、母の協力と奮闘(いろいろ調べまくり、食事を変え、自力で食べられるようにかなり頑張っていました)もあって経口摂取を頑張ったんです。結果、死滅したと外科医に言われた唾液腺も復活し、今では普通に食事ができるようになっています。3年くらいかかりましたね、父が刺身でも白いご飯でもお肉でも食べれるってなったのは。ただし、やはりすべて元通りとはいきませんね。今だに唾液が少ない影響で虫歯ができやすく、週に1回は歯医者に通っています。

 

暖かいスープを一口のんで、すうっと全身の酷い緊張が消えたとき、私はその話を思い出しました。勿論その女性と私は状況がまったく違いますが、そのときの感動や気持ちとしてはわかったように思います。

 

口からものを食べるってすごい影響力があるんだなあと。鬱状態で食欲不振になってしまうと、何を食べても砂の味です。美味しくないですし、ひたすら面倒くさいんです。だけど無理にでも、食べなきゃダメなんだな。脳と心が反応しなくても、体はそれを喜んで、栄養素にかえて私を生かしてくれるんだなと思いました。