フリーライター関目いちこ、アレコレ語る。

パニック障害もちのフリーライターです。仕事のこと、健康と病気のこと、日々のこまごまとしたことや趣味を綴っていきます。

2021年1月22日

 

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昨日、実母が病気だと分かった。クモ膜下血種というものらしい。私のスマホの調子が悪いせいで、母が前日に私に送ったらしいメールが届かず、昨日の昼食時に届いて確認、「はっ!?」と大声をあげてしまった。

 

ここ20年くらいはインフルエンザどころか風邪のひとつも引いたことがなく、私や姉の家族の入退院や体調不良時の子供の面倒、私の外出の付き添いなどを精力的にこなしてくれているスーパー母ちゃん。ついに病に倒れる!?それも脳関係なの!??と衝撃を受け、一瞬呼吸が止まった。気付いてすぐに深呼吸をしたけれど、そのあとどんどんパニック障害の症状が出てきて困った。何せ、ほぼすべての刺激を自身への攻撃に感じてパニックを起こす病気。急激な動悸と呼吸困難に私は焦り、床にはいつくばって自律訓練法を必死でやった。多少マシになったところで身を起こし、とりあえず365日お世話になっている目の前の四角い箱で検索。「クモ膜下血種」とはなんぞや?それがわからないと、パニックはより大きくなるはず。

 

結局、「治る痴呆症」と呼ばれる病気であることがわかった。脳を覆っている薄い膜と脳の表面の間に血が少しずつたまって塊となる病気だそうで、痴呆に似た症状が出るそうな。血種をとれば9割は治ると読んで、ちょっと安心。私の母は現役のとき相談員をしていたので、その手の病気にも少々知識がある。というわけで、たまの視界不良や自分でも何を話しているかわからなくなることがあったため、「これは脳梗塞ではないか」と思ったらしい。動けるうちにとサクッと病院を受診し、「目の病気じゃないですか?」などと言う医者に頼み込んでMRをとった結果、血種だったそう。知識と行動力がある人で良かった。だけど脳梗塞を疑っているなら自転車で病院にいっちゃだめでしょ、と一応ツッコミはしておいた。危ない。病院でも状態がわかったあと、医者は車椅子が必要か?と聞いたらしいけど、その母の返事が「いりません。今日も自転車で来ました」だったので仰天したそうな。

 

血種は取るのが望ましい。だけど現状急ぐ必要はないという段階で、さらにコロナの馬鹿垂れの影響もあって病院も忙しく、経過観察だとか。えー、頭に爆弾抱えたままじゃないの!そんなのすぐ取ってもらわないと!と私は思ったけど、そのあと「元気印の母親の病気」という事実は巨大なショックとなって、やっぱりパニックの予期不安に悩まされたので本人とは話せないままだった(メールでの会話のみ)。発作は結局起きなかったけど。まあ、やることやれば治る病気だとはわかったし。

 

うちの父は、ガンを2回ほどやっている。1度は本当に死にかけたくらいだけど、父のときはさほどショックは受けなかった。そうか、と思っただけだった。父は子供のころ、二十歳まで生きられないと医者から言われたほどに病弱だったらしく、その話をずっと聞きながら育ってきたので、ある程度の覚悟はできていたからだと思う。結局父もガンを乗り越えて今はほぼ復活しているのだけど、元気な母の病気は不意打ちで、かなりの衝撃だった。まったく、覚悟のかの字も意識していてない状態だったから。きっと母は元気なまま80歳すぎまでは生き、ちょっとずついろんなことが出来なくなっていくんだろうなと思っていた。病気になるとしても、祖母と同じく胃がんあたりだろうと思っていた。ほんと、びっくりした。

 

友達の親は、亡くなっている方だってもちろんいる。自分や親がそういう年齢になってきたということはわかっている。だけどやっぱり、ショックなもんなんだな、としみじみ思った。今朝、母親から電話があって、根掘り葉掘り聞きまくった。それでようやく気持ちが少々落ち着いた。メールの文章といった断片だけの会話では、大きなことしかわからなくてイライラする。こっちはこまか~いことまで知りたいのに!相手はもうすぐ70歳の年配女性だし、若い子のように(うちの子供らのように)返信が早く打てるわけでもない。本人に会うまでちっとも状況がわからないな、と思っていたら、別件で電話があってこのこともしっかりと話せて、良かった。電話、素晴らしい発明品!!

 

午前中はそうやって母とやっと話し、気持ちが落ち着いたので行動開始。夫のヤオと一緒に今週のポスティングチラシを会社まで取りにいき、その後週に一回の買い出し。銀行巡りもしようと思っていたのにすっかり忘れていて帰宅し、金曜日恒例の夫婦ステーキランチ。母のことをヤオにいろいろ聞いてもらい、自分の考えも整理できた。あとは、またパソコンを使って気が済むまで治療方法などを調べまくるつもり。これは母のためというより、自分のために。納得するまで調べてから、医者の話を聞きたい。

 

夕方まではこたつでゆっくりする。前日に結構なショックを受けて心身が消耗していたうえ、今は貰うはずだった仕事の話が宙ぶらりんの状態で少々暇でもあったので、いろんなことを考えないようにして積み立てNISAについて調べたり考えたりする。金曜日はゲームナイトなので、子供らが帰ってきたらすぐに晩御飯の準備。今日は健康のことは忘れようということで、タコ焼きパーティーにした。子供ら大喜び。そして、食後はお菓子をつまみながらお酒を飲みつつ、家族でゲーム。イマイチのめりこめない私はマリオカートでひたすら最下位。まあ、仕方あるまい。

 

明日は実家に行く日。先週から下の子・ボンが胃腸炎だったので、しばらく3世代食事会をしていなかったから、子供らも楽しみにしている。母に直接会えるので、いろいろとまた話をしなければ。元々性格が私に比べるとはるかに繊細な姉に伝えるかどうか、母に聞かねば。姉のところの子供の誕生日が近いので、話すにしてもそれが終わってからの方がいいかな。子供のお祝いの日に、母の病気で姉が気もそぞろになるのはかわいそうだ。話を聞けば姪っ子も心配して、素敵な一日にならないかもしれないし。

 

明日は上の子・ジョウは部活の日。土曜日なのに、7時起きだ。よし、もう寝よう。もうちょっと冷静に事実を受け止められる人間だと思っていたけど、案外衝撃を受けた自分が衝撃だった…。パニック障害は別として、もっと淡々と受け止められるかなと思っていたんだけど…全然違うかった。かなりショックで、我を失いまくったね。いやあ、強烈な刺激だった。とにかく、自分にできることをしていこう。母に異変が現れたらすぐに対応できるように父と話し、注意深く観察しよう。